キャリア甲子園で一番大変だったのは?
そしてそこをどう越えていった?

 

はい皆さん、お久しぶりです。今日はよろしくお願いします。

 

よろしくお願いします!

 

キャリア甲子園も書類審査が締め切られ、今年も多くの参加をいただきました。ここからキャリア甲子園は動画審査、準決勝、決勝と進んでいくことになるのですが、今回は過去3代にわたるファイナリストの皆さんに集まっていただき「越えてけ自分」というテーマでお話を聞いていきたいのです。

 

ああ、そんな時期なんですね。私の一年前は甲子園やってたかと思うと一年早いですねえ・・・(しみじみ)。今年は参加者数多いんですか?

 

まだわかんないですが、4,000人くらいになるんじゃないかと・・・。

 

え、すごいですね。僕らの代ってどれくらいでしたっけ?

 

1,600人ですね。

 

ええー、3年でそんなに増えたのですか・・・。なんか嬉しいですね!

 

2015年大会を制した西垣くん。神戸、名古屋の連合チームだった。

で、色々と「越えた経験」を今日は皆さんにお話しいただきたいのですが、まずキャリア甲子園で一番大変だったこと、そしてそれをどう越えていったのかについて教えてください。まずは大先輩の西垣くんから。

 

うーん、色々ありますが、個人的に一番きつかったのはプレゼン予選の時ですかねえ・・・。僕、プレゼン中に完全に頭が真っ白になっちゃって、止まっちゃったんですよ(*編集部注:2015年大会では書類審査後、東日本と西日本でそれぞれプレゼン予選を行うという、現在とは違う大会システムでした)

 

うわ、それはきついですね。どれくらいの時間ですか?

 

いやー、多分1分とかそれくらいだと思うんですが、キャリア甲子園はプレゼン10分ですからね。そのうちの1分って結構大きい。それでその次のパートのメンバーがかなり巻きながらプレゼンしたんですが時間が足りず制限時間が来てしまい・・・。ああ、もうこれは絶対あかんわ、と思いました。めちゃくちゃ凹みましたね。

 

そこで凹んだのは自分が周りに迷惑をかけたから、という思いですか?

 

そうですね。僕らのチームって受験を控えている3年生が二人と、僕ともう一人が2年生だったんです。受験生はあまり余裕がなかったから基本的なことは僕ら二年生ペアが担当していたんですが、アイデアとかスライドを作るのは西尾というもう一人のメンバーがやっていて。西尾とは高校も同じだし家も近所だったので、彼が物凄く打ち込んでプレゼンシナリオやスライドを作っているのを隣で見ていたんですよ。だから彼の思いを無駄にしてしまったという思いが強くて・・・。チームメイトの足を引っ張ってしまった、と本当に落ち込みました。

 

私もやはり一番大変だったのはメンバー関連ですね。私たちは四人全員別々の高校で住んでるエリアも千葉、神奈川、東京とバラバラだったので、直接会う機会もほぼ取れなくて全部スカイプやLINEでのやりとりでした。確か四人揃って集まれたのはプレゼン動画審査を収録する2回だけでした。プレゼン動画は全員揃ってたほうがいいよね、と全員集まって撮ったんですけど、正直イマイチな出来栄えで「このままじゃまずい」ってなって急遽、かなり強引に全員の予定を調整して無理やり2回目の収録をした思い出があります。チームメイトの高校で撮影したんですが、下校時刻ギリギリまで粘って収録して・・・。でもそれで無事に受かったのでこだわってよかったなと思っていますけど。

 

戸川さんは資生堂代表として2016年決勝大会に進出。今は全員大学生!

戸川さん達はメンバー間のモチベーションはどうだったんですか?直接会えないとメンバー間のモチベーションの差で悩むチームも多いみたいですが・・・。誰かがLINEで投げかけても誰も反応がない・・・みたいな。

 

私たちは幸いそれはなかったですね。ただ、書類審査前は全員半信半疑というかそこまでモチベーションも高くなかったんです。でも書類審査通ってからは全員本気モードで。LINEがブワーッと動いていく感じでした。逆に前のトーク読んでるのか、と思うくらいお互いのやりとりの連続で(笑)。でも揉めたりすることもなく、全員一致団結していましたよ。

 

私たちは逆で、かなり喧嘩しましたね。

 

おお、小林さん達のメンバーは個性が強そうでしたからねえ。

 

私たちは同じ高校の女子四人だったので、他の皆さんみたいに集まれない、みたいなことはなかったんです。でもそのせいなのかとにかく動き出しが遅い・・・。書類審査締め切りの2週間前くらいからようやく取り掛かった、みたいな感じでした。締め切り三日前にメンバーの家に集まったんですが・・・。まあ、全員口が悪い(笑)。みんなすごい勢いでブワーッと言う。準決勝の朝にも大げんかですよ。朝早く集まって近くのカフェで最終打ち合わせしたんですが、そこでもぶつかっちゃって大喧嘩。勿論、向かってる行き先は一緒だったので健全な喧嘩ですし、いまだにみんな仲良いですけどね。でもキャリア甲子園は私の中ではずーっとしんどかったです(笑)。

 

小林さん率いるI-C-Uは準優勝にあたる審査員特別賞に輝いた。自民党の北川議員と!

やはり全員、メンバー間の中のコミュニケーションとか立ち回りで苦労されていたんですね。ちなみにそれをどう乗り越えていったんですか?

 

僕の場合は乗り越えたと言えるのか・・・。幸い、ダメだと思ってたプレゼン審査が通過したんですよ。結果が出るまではもう、キャリア甲子園のことは全員なかったことになってたというか、誰も口に出さない(笑)。でも僕の失敗って誰でも起こりうることですよね。なので僕の失敗を糧にして、準決勝に向けてプレゼンのスタイルを完全に変えたんです。誰が頭が真っ白になってもいいようなプレゼンに。

 

え、興味あります。どう変えたんですか?

 

誰かがセリフを忘れるかもしれない、という前提にカンペを持ってプレゼンしよう、と。で、カンペを持ったままプレゼンするスタイルで違和感がない方法は何かと模索した結果、プレゼン自体をニュース番組という体裁の見せ方に変えました。リポーターはカンペ持ってるから自然だなと。だから僕たちの場合はチームみんなで乗り越えた、という感じですね!

 

うん、確かにあのスタイルはよく考えられてたなあと思いましたね。

 

私たちは何かはっきりとしたトラブルや失敗があったかというとそうではないですが、メンバー間の役割分担と、チームで大切にしないといけないことは全員一致していたのが最後までうまくいったポイントなのかと思います。私たちは女子二人、男子二人のチームだったんですが、男子二人がどんどんアイデアを出すタイプだったんです、逆に女子二人は男子が出したアイデアを客観的にみて意見を言ったり全体を見て最適化していく、みたいな立ち回り方で。
あとは資生堂がテーマ企業だったので、「女の子らしさ」をチーム全体で意識しながら進んでいきました。最初の段階で方針や役割を決めておくとあとあと苦労しないかもしれません。

 

私たちは戸川さんと違って最初から最後まで喧嘩してましたが、私個人が意識していたのはやっぱり自分の役割で、そこは戸川さん達と一緒かもしれません。みんなが熱を持って議論していると視点が狭くなる。だからメンバー内に一人は客観的に見る人が必要で、私たちの場合はリーダーだった私がその役回りでした。

 

キャリア甲子園はチーム戦ですからね。やはりチームメンバーとどうやって一緒に戦うかが一番大きいんでしょうね。

 

参加者プロフィール

西垣裕太
キャリア甲子園2015、帝人代表「MOTION!」。2015年度大会優勝。灘高等学校2年生時に、模擬国連で知り合ったメンバーとキャリア甲子園に出場。現在は東京大学2年生。
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戸川馨
キャリア甲子園2016資生堂代表「Curfew Check」。田園調布雙葉高等学校2年生時にキャリア甲子園に挑戦し、決勝戦まで勝ち上がる。キャリア甲子園ファイナリストの実績をひっさげ、FIT入試で慶應義塾大学法学部に合格。
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小林 詩奈
キャリア甲子園2017自民党代表「I-C-U」リーダー。国際基督教大学高等学校3年生時に、高校生活最後の挑戦という位置付けで学校の仲間とキャリア甲子園に挑戦。決勝戦でも審査員特別賞に輝く。現在は国際基督教大学教養学部一年生。
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羽田啓一郎
MY FUTURE CAMPUS責任者。2014年にキャリア甲子園を立ち上げる。帝京大学附属高等学校卒業後、浪人時代を経て立命館大学へ進学。高校時代はボクシング部で活動。体重57kgのフェザー級で戦っていたが、39歳となった今は体重83kgを誇る。


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